巡りの手帳 町のテーマ
応仁の乱のあとの再建京都の桃山時代手帳
応仁の乱で焼けた京都は、桃山時代から江戸時代にかけて建て直されました。いま京都で見る寺社の姿は、多くがこの時代に整えられたものです。
12件のうち、お寺が7件、古民家が2件です。国宝が12件含まれています。
国宝重要文化財登録有形文化財番号を押すと、その文化財のページを開きます
現地で見るポイント
- 彫刻と彩色。門や社殿の欄間に、色鮮やかな動植物の彫刻が施されています。
- 金具や金箔。権力を示すため、目立つ場所に惜しみなく使われました。
- 城の石垣と天守。この時代に、今見るような城の形ができあがります。
このテーマの文化財
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01
二条城
国宝桃山 近世以前・住宅 京都府京都市
二条城六棟二条城は徳川家康が京都にのぼった時の居館として創築されたものであって、慶長六年(一六〇一)に着手されたが、工事が行われたのは翌七年からと思われ、同八年三月には家康がこ…
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02
本願寺北能舞台
国宝桃山 近世以前・その他 京都府京都市
白書院の北側前庭に、上段の間に相対するように設けられた能舞台。白書院が見所となる。舞台、橋掛の構造意匠が簡素であること、屋根が比較的小さいこと、後座も本舞台と同じ様に床板が縦に…
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03
本願寺飛雲閣
国宝桃山 近世以前・住宅 京都府京都市
本願寺飛雲閣一棟現在本願寺境内の滴翠園の滄浪池に臨み北面して立つ。天正十四年から十五年(一五八九~九〇)の間に豊臣秀吉が経営した聚楽第中に建てられ、文禄四年(一五九五)同邸が壊…
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04
本願寺唐門
国宝桃山 近世以前・寺院 京都府京都市
本願寺唐門一棟この門は元和四年御再興の記によると、元々御影堂の前にあった門を元和四年(一六一八)に現在地へ移築したとされる。四脚門で前後に唐破風を設け、垂木はすべて輪垂木である…
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05
豊国神社唐門
国宝桃山 近世以前・神社 京都府京都市
豊国神社唐門一棟豊国廟は、慶長四年(一五九九)豊臣秀吉の遺命によって、秀吉を祀るために創建されたが、その後元和元年(一六一五)徳川氏により破壊され、まったく荒廃した。現在の豊国…
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06
妙法院庫裏
国宝桃山 近世以前・寺院 京都府京都市
妙法院庫裏は秀吉が方広寺大仏殿の千僧供養を行ったときの遺構と伝えているが、建立年代は明らかでない。内部小屋組のすぐれた構架その他の意匠に桃山時代の宏壯な気風をよくあらわしている…
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07
観智院客殿
国宝桃山 近世以前・住宅 京都府京都市
観智院は東寺の子院の一であって今の客殿は慶長十年(一六〇五)の建立になる。国宝の滋賀県光浄院客殿、勧学院客殿とならんで、桃山時代の一般的な住宅形式を示すが、又僧侶の私房の様子を…
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08
教王護国寺金堂
国宝桃山 近世以前・寺院 京都府京都市
教王護国寺金堂一棟教王護国寺は平安京造営に際し、延暦十五年(七九六)羅城門の左に建てられた左大寺(または東寺)で、弘仁十四年(八二三)勅して空海に授けられ、のち、天長二年(八二…
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09
南禅寺方丈
国宝桃山 近世以前・寺院 京都府京都市
南禅寺方丈一棟南禅寺は弘安年間(一二七八~八八)に亀山上皇が建てた離宮を改めて禅刹としたところであるが、応仁元年(一四六七)兵火のために諸堂がことごとく焼失した。慶長十一年(一…
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10
北野天満宮
国宝桃山 近世以前・神社 京都府京都市
北野天満宮の今の建物は慶長十二年(一六〇六)豊臣秀賴が造営したもので、拝殿と本殿を石の間で連絡した権現造になる。拝殿の東西に楽の間を、本殿の西に脇殿を附属している。内部石の間の…
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11
大徳寺唐門
国宝桃山 近世以前・寺院 京都府京都市
大徳寺唐門大徳寺は宗峰妙超(一二八二~一三三七)を開山とする禅宗寺院で、唐門はもと聚楽第の一門であったものを、天正年間(一五七三~九二)に秀吉が村上周防守に与え、周防が寄付した…
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続きの話
- 都でなくなった町の再出発1件 巡ると読めます
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